僕が開業した1988年は、バブル最盛期で立ち飲みを併設していた酒屋も店売りに注力して店舗を綺麗に改装し、コンビニも次々にオープンする店売り絶好調の時代。まだ宅配と言う業態が無く、配達や出前と呼ばれていた時に、僕は9坪の建売住宅をローンで購入。
一階のガレージを改装し、3坪の店で開業4年目にして年商1億8千万円を売上げました。
市営住宅や公団住宅が11階に建て替えられ、分譲マンションが建設ラッシュ。重たいかさ張るお酒やお米や調味料は宅配が便利という事で、一般家庭を対象にした宅配専門店は注目されました。
それに、同業の酒屋は伏見や灘の大手清酒メーカーのお酒を主に販売しているのに対し、僕は各地の地酒を販売。
お米も米屋さんがブレンドして精米するのが常識だったのに対し、いち早く米処の新潟こしひかりや秋田こまちなどご当地の単一精米ブランド米を販売して多くお客様を獲得できました。
当時の酒屋・米屋は、組合が強くて無差別にチラシを配布する事はしていない中で、僕は酒屋で働いていた時から自分で輪転機を回して印刷したチラシを配布して新規開拓していたからお手の物。トイレットペーパーにティッシュペーパーも宅配。
クリーニングの取次宅配など酒屋米屋では取り扱いのない商品やサービスを次々に付加しました。
そして共同仕入れのグループを自ら立ち上げ、念願だった両面フルカラーの新聞折込みチラシを実施すると大当たり。同業がしない事を行う「差別化」は凄く重要だと思いました。
本来なら店が繁盛すれば店舗展開をするのが一般的ですが、僕は酒免許自由化の事を考え、あえて直営店の出店は行いませんでした。
それより加盟店を募集して宅配FC事業本部を設立し、全国展開を行いました。もし好調な時に直営店の展開を行っていれば、酒免許が自由化になり不振に陥った時に身動きが取れず経営破綻していたでしょう。
その後、酒小売り免許自由化となり、酒米以外に食品の取り扱いを強化する際もNB商品ではなく、スーパー・コンビニが扱って無い「ご当地グルメ」を積極的に開発しました。
同時に、まだ普及していなかったクラウド型の一品から受注、発注、納品できる販売管理「わんまいるシステム」を伊藤忠商事様と業務提携して開発しました。
更に、冷凍総菜の開発販売を始め、国産食材100%使用管理栄養士が栄養バランスを考え、一流の料理人が調理指導した昨年流行語にもなった「冷凍サブスク」を開発しました。
そして人手不足を予測して宅配の直営店を閉めて、創業地から大阪駅前に移転。ECに特化したネット通販事業に専念しました。
集客はリスティング広告が主流の中で、アフィリエイト広告に注力した事で、冷凍おかずをブロガー経由で初めて販売したと多くのブロガーが取り扱いしてくれて知名度が上がり、オイシックスさんやワタミさんやヨシケイさんなどと比較してメディアに掲載されるようになりました。そして知名度が上がり、大手スーパーや大手百貨店などからOEM受注の依頼が舞い込む中で、東京電力ホールディングス様から日本の漁業、農業の振興に貢献する企業理念を高く評価いただき、協業で国産お魚料理専用サイト「ボンキッシュ」の運営を任せていただきました。
そして食品添加物無添加 国産弁当100%使用の「美食弁当」を開発したところ、医療情報サービス国内最大手のJMDC様と京都府様とが取り組む住民向け成人病予防・健康改善プログラムに夕食として採用されました。
そしてAmazon様からも相模原の物流センターで在庫して販売して欲しいと声がかかり、Amazonクールマルシェへの商標登録が完了して5月から販売を開始します。
同業・競合他社がやらない事を行う
「差別化」
は商売繁盛の法則也。
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